読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

コージーミステリ試し読み

未訳のコージー作品をちょっとだけご紹介

※当ブログに掲載の記事は、原著者に許可をいただいて瀬尾久美が翻訳しています。タイトルやシリーズ名なども暫定的なものです。

『遅すぎた告白』 ミランダ・ジェームズ

 今朝、うちのキッチンをハリケーンが直撃した。その名はジャスティン。

 わたしはため息をついて、わが下宿人の朝食の残骸をながめた。あいつはいったいどうしてしまったんだろう?

 口があいたままの牛乳パックとならんで、ボウル、スプーン、シリアルの箱がテーブルの上におきっぱなしだ。ジャスティンは箱を閉めなかったうえに、テーブルにもシリアルが何粒かころがっている。ボウルのまわりには牛乳が飛びちり、かじりかけのトーストがのった皿もそのままだ。

 カウンターに目をやれば、切りかけのパンのかたまりとふたのしまっていないバター皿にひと筋の光があたっている。トースターにはパンが二切れつっこまれているが、どうやらジャスティンはレバーを下げるのを忘れてしまったようだ。わたしはそこを通りすぎて、シンクのわきにおいてあった新聞をとった。ジャスティンはごていねいに水をふりかけてくれていた。先に読んでおいてよかった。ページがすっかりくっついてしまっている。

 キッチンの窓から裏庭をながめて自分を落ちつかせた。よろしい、ハリケーンとまではいえないかもしれない。ちょっとした熱帯性低気圧といったところか。わたしはべつに、散らかりかけたくらいで大騒ぎするような潔癖症なんかではない。

 男性の多くがそうであるように、わたしだって散らかすことはあるが、清潔できちんとかたづいているほうが気分がいい。こんなささいなことでいちいち腹をたててはいけない。

 たぶん、ジャスティンは一時限目の授業に間に合わせようと急いでいたんだろうが、アシーナカレッジのキャンパスまではほんの三ブロックだ。全力で走れば五分でつく。

 彼の行動がふだんと違っているということが、いちばん気がかりだ。十八才の彼が下宿するようになって二ヶ月になるが、いつもならきちんとかたづけていく。だがこの二、三日というもの、どんどん不注意になって家のあちこちにものを置きっぱなしにしているし、食事の後かたづけもしなくなっている。

 下宿生として、できれば大学院生以上の学生しか受けいれないというルールをゆるめたときに、こういうことは予測しておくべきだったのかもしれない。大学院生たちは自分の研究に集中しているからいざこざを起こしているヒマがないし、わたしはこの三年間で整えてきた静かできちんとした生活を大事にしたいのだ。

 ジャスティンのことは、古い友人への好意として受けいれることにした。彼の母親であるジュリア・ワードローとは高校から大学までずっといっしょだった。ジュリアがいうには、一人っ子のジャスティンは、猥雑な寮生活にはまだなじめないのだ。大学の一年目には、もっと静かで家庭的な雰囲気ですごしてもらいたいと。ジュリアに押しまくられたわたしは、彼女にだいじなヒナ鳥を託されることはありがたいことだと思えてくるほどだった。

 大きな前足がわたしの足を押した。見おろすと、二才になるメインクーンディーゼルが同情するように高い声で鳴いた。前足をひっこめてわたしを見あげた。

「わかってるよ、ディーゼル」わたしは首をふった。「ジャスティンは何か悩んでいるんだ。そうでなきゃこんなことはしないよね」

 ディーゼルはまた高い声をだしたので(メインクーンは他の猫と違ってニャーニャー鳴かないことが多い)、頭をなでてやった。まだ夏毛のままでダウンのようにやわらかい。首まわりやしっぽはこれから寒くなるともっとふさふさしてくる。耳のさきにある房毛をピンとたてて、辛抱強くこちらを見あげている。ディーゼルはところどころに模様のはいったグレーの縞猫で、二才というとまだ大人になりきってはいないが、もう十二、三キロはある。胸がひろく筋肉質なメインクーンは、猫の世界ではディフェンスタックルだ。

「下宿人くんと話してみなくちゃいけないね」ディーゼルはジャスティンが大好きで、しょっちゅう三階にある彼の部屋にあそびにいく。「朝やってきたアザレアがこのありさまを見たらどうするだろうね。ジャスティンもわたしも皮を剥がれてしまうかもな」ディーゼルはわたしの沈んだ目を重々しい表情で見返した。

 アザレア・ベリーは、愛するドティ伯母がなくなったときにこの家といっしょに受けついだ家政婦で、家の中をきれいにしておくことについて断固とした信念をもっている。ペットとして大型の猫を飼うことにも断固反対していたが、二年前にわたしが連れてかえってからはどうにか緊張緩和状態をたもっている。賢いディーゼルは、アザレアが基本的に猫嫌いであることに幼いときから気づいていたのだ。

 アザレアは大学生たちにはもっと寛容だったが、だからといってキッチンが少しでも散らかったままで放りだしていくことなどゆるさないだろう。ジャスティンが何を悩んでいるにせよ、またこんなことをくり返してアザレアに怒られる前に手伝ってやれることがあるかもしれない。

 家に対するアザレアの思い入れを責めるわけにはいかない。ドティ伯母は家の中心になると思うところに金を――そして装飾の才能を――注ぎこんだのだ。南東の角を占領しているキッチンには、二方向の大きな窓から朝日がさしこんでくる。淡い黄色に塗られた壁と白い陶タイルの床に反射した光が部屋いっぱいにあふれるのだ。繊細な青にかがやくキャビネットは、テーブルとイスの濃い色合いによくなじんでいる。

 わたしが子どもだったころにドティ伯母がよく焼いてくれたジンジャークッキーの匂いがしてきそうなほどだ。この部屋にはしあわせな思い出しかないが、ほんの一瞬だけ、大好きだった伯母と最愛の妻ジャッキーを失ったことで心が痛んだ。ふたりとも三年前に、数週間ちがいでたてつづけに他界した。ふたりがテーブルの前にすわって、笑ったりおしゃべりしているところが目に浮かぶ。

 楽しい思い出をきりあげてディーゼルに視線をもどしてみると、その顔はたしかにわたしを気遣っているようだった。「もうじゅうぶんだよ」といってやると、しっぽをピクピクさせてから向こうを向いて猫用トイレのあるほうに歩いていった。

 ジャスティンが散らかしたあとをかたづけ、シリアルの箱を戸棚にしまっているところでジャスティンがキッチンに飛びこんできた。

「ミスター・チャーリー」そういって入口に立ち止まった。「かたづけるつもりだったんですよ」片手によれよれのバックパックをつかみ、もういっぽうの手で目にかかった黒髪をなでつけた。髪を切るか、あるいはポニーテールにでもする必要がある。

 ディーゼルがまたやってきて、ジーンズをはいた友だちの足にからだをこすりつけた。ジャスティンはしゃがみこんで猫の頭をかいてやったが、前髪のあいだからわたしをみている。

「もう授業にむかったんだと思ったよ。アザレアが来る日だったら、きみが放りだしていったような状態のキッチンに言いたいことがあっただろうね」

 おだやかに言ったつもりだが、それでもジャスティンは顔を赤らめた。首をうなだれると髪がかぶさってきて顔をかくした。なにかつぶやきながら立ちあがった。ディーゼルがとなりにすわってジャスティンの顔を見あげている。

「なんて言ったんだい?」

 ジャスティンは肩をすくめて、今度はもう少しはっきりと「ごめんなさい」といったが、わたしの目をさけていた。「ほんとにかたづけるつもりだったんだけど、時間を忘れてしまって」ちらりとこちらを見て、すぐにまた足もとに目線をおとした。

「実害はないけどね。でもこの二、三日はちょっと注意力が散漫なんじゃないか、ジャスティン? きみらしくないぞ」

 彼は肩をすくめた。「えっと、遅刻しそうだから。じゃあね、ディーゼルくるりと背をむけて廊下に姿をけした。すぐに玄関がひらく音がした。ばたんとしまる音がしなかったのでほっとした。

 是が非でもジャスティンと話をしなくちゃいけない。彼は何かが気にかかっていて、礼儀を忘れかけている。ここで暮らすようになってからの二ヶ月、けっして社交的というわけではなかったが、つい最近までは礼儀正しかったのに。

 かつて二人のティーンエイジャーの父親だったわたしには、態度が変わるのはなんらかの問題があるしるしだということを知っている。ジャスティンの父親は保守的な福音派の牧師で、もし問題があるのなら大学をやめさせて家に連れもどすだろう。ジュリアだっていい顔はしないだろうし、トラブルに巻きこまれたのをわたしのせいにしかねない。

 下宿人のだれかの人生に深入りしようとは思っていない。もしもジャスティンの問題が深刻なものなら、両親のもとへ帰るべきだ。わたしには手にあまるようなことに立ち向かう心の準備ができていない。

 ディーゼルとならんで裏口のわきにある棚のところへいって、ハーネスとひもをフックからとった。外へでるしたくをしてやるあいだ、ディーゼルはのどをゴロゴロと鳴らしていた。この音がディーゼルという名前の由来になったのだ。わたしといっしょに仕事に行くのを楽しみにしている。

「コートとカバンをもってくるよ」わたしはネクタイにコーヒーや食べ物のシミがついていないかチェックし、ズボンに猫の毛がついていないかよく確かめた。色の濃いものはどうして磁石みたいにペットの毛をひきつけるんだろう? ブラシを使って毛をはらうと、ディーゼルもわたしも出かける準備完了だ。

 公立図書館の駐車場で寒さにふるえていた子猫を見つけてからの二年間で、わたしの故郷であるミシシッピ州アシーナの人びとは、わたしが猫にひもをつけて歩かせているのを見慣れてきた。ディーゼルが大きくなるにつれて、山猫の血が入っているのじゃないかと思う人もいたが、それはわたしも含めてこの町のだれも、それまでメインクーンを見たことがなかったからだ。あと一年もしてすっかり大人になったらみんなはどう思うのか、想像もつかない。

 たまに知らない人に道ばたで呼びとめられ、これは見た目がおかしな犬かと聞かれることがあるが、そんなときディーゼルはあきらかに気を悪くしたような顔をした。人なつっこい生き物ではあるが、バカにされたことを軽く受けながしたりしない。そんなところがまたかわいい。

 さわやかな秋の空気に、かすかに木のこげる匂いがした。まだ暖炉に火を入れるには早いだろうが、近所のだれかはあきらかにそうは思わなかったらしい。その匂いから、寒い冬の日に両親の家で火のそばですごしたころを思いだした。

 この通りにならぶ家々は百年以上も前の建物で、そのほとんどには何世代もおなじ家族が住みつづけている。優雅な建築様式やむかしながらの風景、本物の近所づきあいの感覚といったものが、妻を亡くしたあともわたしに安心感を与えてくれた。

 ジャッキーの思い出をしまいこんで歩きだすと、ディーゼルは二、三歩先を歩きだした。アシーナカレッジのキャンパスは――今朝わたしたちがむかっているところだ――東に三ブロックいったところにある。ふつうなら五分でいける距離なのに十五分から二十分もかかるのは、ディーゼルにあいさつするおおぜいのファンのために足を止めるからだ。彼は甘えたような声をだしたりのどを鳴らしたりしてそれを平然と受けとめ、わたしを含めみんなを笑顔にする。「おはよう、チャーリー」といってくれる人も一人や二人はいるから、わたしがまるで無視されているわけでもない。

 地元の個人書店〈アシーニアム〉のオーナー、ジョルダン・トンプソンが朝のジョギングをしていた。通りすがりに手をふってくれた。彼女の運動意欲には頭が下がる思いがするし、見習いたいものだと思う。

 ディーゼルとわたしが大学図書館についたのは、図書館の二つの建物で運用管理をしているリック・タケットがちょうど玄関のカギを開けようとしているところだった。八時きっかり、一秒たりとも早くはしない。わたしたちが立っているのは、南北戦争前からの建物で図書館の管理事務所や保管所、希少本コレクションがあるグリーク・リバイバル棟のポーチだった。ホークスワース図書館として知られる本館はとなりの建物だ。

 リックは、わたしが「おはよう」といったのにうなずき、一歩よけてわたしとディーゼルを通してくれた。十才ほど年上のリックは、愛想はいいのだが会話にひっぱりこむのが難しい人物だ。おもにとなりの本館のほうにいるから、わたしとはたまにしか会わない。

 ディーゼルが先に二階にむかう中央階段をのぼっていった。踊り場で左にまがり、ガラスに金箔の飾り文字で希少本室と書かれたドアのまえでたちどまった。

 わたしはカギを開け、ドアを押して中に入るとディーゼルのひもを放してから室内の電気をつけてまわった。それが終わるころには、ディーゼルはお気に入りの場所――わたしの机の後ろ、奥行きのある窓枠においたベッド――におさまっていた。ひもをはずしてやり、巻きとってベッドのわきに押し込んだ。

 ディーゼルがのどを鳴らすのを聞きながら仕事の準備をした。ジャケットとバッグをしまい、机の前にすわってコンピュータを立ちあげ、頭の中で今日一日の予定を整理した。

 わたしは週に二日、ここでカタログづくりと公文書保管の仕事をしている。といっても、それ自体をとても楽しんでやっているから労働だと思ったことはない。ヒューストンで図書館に勤めていたときは、ほとんど管理職としてすごした。こうしてまたカタログづくりができるなんて、長いこと予算だの人事だのにかかわっていたのにくらべれば天国みたいなものだ。ここでディーゼルといっしょに希少本に囲まれていることに満足している。

 メールを読みはじめてすぐに、ドアをノックする音がした。

「おはよう、チャーリー」メルバ・ギリーが入ってきた。高校時代とかわらずスタイルがいい。あの頃の見事なプロポーションをいまも保っている。わたしはメルバのことがとても好きだったしメルバもそうだが、いまのところおたがいに友情を復活させただけで満足していた。わたしはまだデートしたい気分ではなかったし、もうじき五十才になろうというわたしがいつになったら、というかそもそもそんな気分になるのかどうかもわからない。

「おはよう、メルバ。調子はどうだい?」

 メルバはわたしの机のわきにあるイスにどさりとすわって、濃い紫のまっさらなパンツスーツからありもしないほこりをつまみとった。「わくわくしてるわ。あなたは?」そういってわたしの後ろの窓枠に目をやった。「おはよう、ディーゼルくん」

 ディーゼルは返事はしたけれどベッドを離れることはなかった。

「なにに?」わたしは顔をしかめた。なにか忘れているだろうか?

「今夜の盛大な授賞式よ。ほかになにがあるっていうの?」メルバはほほえんだ。「アシーナに人気者を迎えるなんて、そうそうあることじゃないわ」

「ああ、それか。一大事だよね」

 メルバはやれやれと首をふった。「チャーリー・ハリス、まさかこれだけの年月がたってあのゴドフリー・プリーストがどんなふうになったか、興味がないなんていうんじゃないわよね? 高校では仲が良くなかったのは知ってるけど、有名作家の実物には会いたいでしょ」そういって笑った。

 わたしも首をふった。「あいつは三十二年前にもいけ好かない野郎だったし、いまじゃなおさら嫌なやつになってるにちがいないさ、それも金を持ってる嫌なやつ」

「奥さんが四人いたんですって。うわさで聞いたところではね。でも扶養料くらい払えるんじゃないかしら、本で稼いだ分で」

「わたしはたいして貢献してないよ。少なくとも、最初の数冊が出たあとはね」

「つまり、彼の本を読んだことはたしかなのね」メルバは勝ち誇ったようにいった。

「それは認めるよ。興味をもったからね、アシーナのだれもがそうだったように。それに、最初の何冊かは気に入ったな。おもしろかったよ。でもその後は例のバイオレンススリラーを書くようになって、プロットがどんどん信じがたいものになっていった」わたしは嫌悪感に口もとをゆがめた。「女性に対する暴力は論外だね。きみだってもう読んでいないだろう?」

 メルバは首をふった。「ええ。二冊くらい前で読むのをやめたわ。理由はあなたと同じよ」

「それじゃ、どうしてそんなにわくわくするんだい?」

「彼はベストセラー作家で有名人なのよ。いったいどれだけの有名人がアシーナにくると思う? ちょっとくらい興奮したっていいでしょ」

 わたしはくるりと目を回した。「リズ・グラハムのトレーラーの中で泥酔して裸でいる夫をみつけたロバータ・ヒルが彼にピンクのスプレーを吹きつけたのを忘れたわけじゃないよね? あれは大騒ぎだったときいてるよ。とくに、目をさました彼がオノをもって大通りじゅう彼女を追いかけまわしたときに」

 メルバは笑いながら茶化した。「ほんとに、あなたもそこにいたらよかったのに。あんなにおもしろいものを見たのは初めてだったわ。全身ピンクのデルバートがアレを振りまわしてるんだもの。わたしがちょうど銀行から出てきたところで彼と奥さんが目のまえを走り抜けていったのよ。彼は運がよかったわ、ロバータがもっとひどいことをしなくて。ほら、そのオノでちょん切っちゃうとか」

 わたしも笑ったが、ちょん切られたモノのことは考えないようにした。背後から、いっしょに笑っているかのようにディーゼルがのどを鳴らすのが聞こえた。

 メルバの携帯電話が鳴って、彼女は顔をしかめながら腰につけたホルダーからそれをとりだした。まるで長年の経験を積んだガンマンのように手の中でくるりと回して持ちかえると、画面に目をやった。「陛下がお呼びのようだわ」そういうと電話に出て、われらが上司にすぐいきますとこたえた。通話を終えるとまたしてもくるりとホルダーにもどした。

「もういかなくちゃ」そういって立ちあがった。「まったくあいつったら、ここですよってわたしが教えてあげなきゃ自分のおしりも見つけられないんだから」といってクスクス笑った。

「だからこそ、きみはかけがえのない館長補佐なのさ。なにがどこにあるか、すべて知っているからね」

 メルバははにかんだ笑顔を見せた。「じゃ、またね」

 わたしもクスクス笑ってしまった。図書館長のピーター・ヴァンダケラーは落ち葉をあつめる熊手にそっくりだ。一九〇センチを超える細長い体格に三〇センチあまりの足が不釣り合いな感じがする。メルバは彼がなにか食べているところを見たことがないと断言しているし、彼女のいうことはたいてい信用している。わたしは彼がペンや鉛筆以外のものを口に入れるところを見たことがない。会議中はいつでもペンか鉛筆を噛んでいるのだ。

 メルバがいってしまった後の静けさは気持ちよかった。彼女をあらわすのに静寂という言葉だけはあてはまらない。

 メール処理のつづきに取りかかったが、わたしたち図書館員が不満ながらも部隊と呼んでいるみんなにあてられた週一回のメールにおののきつつ目を通した。去年のハロウィンのとき、何人かがおそろいの衣装を着てスタッフミーティングに出席した。ピーターにはその冗談が伝わらなかった。冗談がわかったことは一度もない。ときどき彼がかわいそうになった。

 今週のお説教の主題はリサイクルだった。ピーターは全員に、職場にペットボトル入りの水をもってくることをやめ、そのかわりスタッフの休憩室にあるフィルターつきの水道水を利用するように強く求めていた。わたしは自分のカバンをちらりと見た。ふだんなら少なくとも水のボトルが二本は入れてある。それがカラになったら水を詰め替えて使うことにした。たぶん、上司どのはそれで満足してくれるだろう。

 最後に読んだメールで、われらがセレブを讃えるガラ・レセプションが今夜、学長の家でひらかれることを思いだした。わたしは行かないと言ってきたけれど、好奇心に負けてしまうことはわかっていた。ゴドフリー・プリーストのことは大嫌いだったが、久しぶりに会ってみたかった。

 高校時代、わたしはずっとゴドフリーを恐れていた。わたしより背が高く、かっこよくて、いつでもガールフレンドたちを見せびらかしていた。高校から大学まで――二人ともアシーナカレッジの同窓生だ――、彼のことをいまいましく思っていたが、それももう昔のことだ。とっくに気持ちの整理はついているんじゃないのか?

 そうじゃないとしても、今が充実しているならばそれが最高の仕返しだといえるし、自分がうまくやっていることをあのクソッタレに見せつけてやりたかった。

 自分のバカさ加減にあきれながら、コンピュータから目を離して机の上の書類をしらべた。あの手紙をどこへやったかな? 紙の山をあちこち持ちあげてみて、めあてのものを見つけだした。

 目録づくりのほかに、大学の歴史的側面や図書館に保管されている文書や希少本などに関連したある種の参照質問も処理している。きのうはヴィクスブルグに住む老婦人から、音信の途絶えた親戚を探しだしたいという問い合わせがあった。その親戚は、創立間もない一八四〇年代にアシーナカレッジに在籍していたはずだという。

 手紙にざっと目を通して探していた名前を見つけた。手紙をわきに置いて、ドアの左がわにある関連資料の入っている棚のところまでいった。探すのは、その答えが見つかるはずの古い出勤簿だ。いずれは記録をコンピュータ入力するための助成金をもらえることを期待しているが、それまではこれまでどおりのやりかたでがまんするしかない。

 探していた一冊を棚からぬきだし、目当ての年度のところまでそっとページをめくった。図書館内の別の場所からさまざまな音が聞こえてくる。よく音がおかしなぐあいに伝わってくるのは、大きな階段と天井の高いロビーのおかげで声がはねかえるせいだ。

 几帳面にならんだ細かい手書き文字で書かれた一八四〇年の記録をなぞってブッシュロッド・ケニントンという人物を探していると、きれぎれの会話が聞こえてきた。わたしは仕事に集中していて、会話にはあまり注意していなかった。しかし、〈殺人〉と〈プリースト〉という単語が耳に飛びこんでくると、そちらに意識をむけた。

 

 

〈猫は図書館にいる〉シリーズ第1作。
 大学図書館に勤務する中年男チャーリーと飼い猫(メインクーンディーゼルが活躍するシリーズ。といってもディーゼルに特殊な能力はなさそうで、ひたすら猫としてみんなの人気者であり、癒やしの存在として描かれる。
 チャーリーは亡くなった叔母から家政婦つきで家を受けつぎ、空き部屋に大学生や院生を下宿させている。図書館の同僚たちにはチャーリーの同窓生も多く、いかにも田舎町の雰囲気。事件が起きて捜査にやってくる警官は家政婦アザレアの娘だったりする。

 

Murder Past Due (Cat in the Stacks Mystery)

Murder Past Due (Cat in the Stacks Mystery)

 

 

ブログ村参加中!

にほんブログ村 本ブログ ミステリー・推理へ
にほんブログ村

にほんブログ村 本ブログ ミステリー・推理へ
にほんブログ村