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コージーミステリ試し読み

未訳のコージー作品をちょっとだけご紹介

※当ブログに掲載の記事は、原著者に許可をいただいて瀬尾久美が翻訳しています。タイトルやシリーズ名なども暫定的なものです。

『ギフトバスケットに殺意をこめて』 デニス・スワンソン

 

 

 作業台として使っている古いキッチンテーブルから一歩下がって、わたしは自分の作品たちをじっくりと見つめた。どちらも激しい思いをかきたてられるものだ。左側のものは、世界がもっとシンプルで太陽の光と無邪気さに満ちていたころの思い出をよびおこし、右側にあるものは官能的な闇とうしろめたい悦びを思わせる。

 ガーバー夫妻の結婚六十周年用に用意した郷愁を誘うバスケットを見なおして、一九五二年の〈サタデー・イブニング・ポスト〉紙のしわをのばし、五十年代の音楽CDをまっすぐにしてから、ソックスモンキーのぼうしに「アイクが大好き」と書かれたボタンをピンで留めた。ペパーミントの棒キャンディとリコリス味のチューイングキャンディを入れた袋やビー玉を詰めたメッシュバッグ、カズー笛などを詰めこんだら、あとはわたしのトレードマーク――ぴったりな本一冊――をまん中にセットするだけだ。ここは『ノーマン・ロックウェルのアメリカ信仰』しかないでしょ。

 ガーバー夫妻のバスケットに満足したところで、初めての結婚記念日を迎えるカッスラー夫妻のバスケットのほうに注目した。自分の作品をよくよく見なおしてみた。なにかびっくりするようなものが必要だ。ふたりには熱く情熱的なものを、と頼まれている。というわけで、まっ赤なシルクの目隠しと黒いサテンのパンティならどっちのほうが刺激的かしら? いまのところ漆黒のレースでできたショールのひだに包まれておさまっているのは、シナモンのマッサージオイルが一びんとチョコレートがけのイチゴが一箱、それに官能的なイラストで描かれた『カーマスートラ』だ。

 目を閉じてこのギフトを受けとるカップルを思い浮かべてみた。夫のほうは地元のカントリークラブでゴルフを教えているレッスンプロで、妻は体育の先生。ふたりともかなり体を動かすタイプだ。空中ブランコのバーがバスケットに収まりそうにないのが残念だ。

ドアにつけたベルが鳴る音に思考を中断された。しまった! ドアにはカギをかけてあるはずだったのに。《デヴローのダイムストア&ギフトバスケット》が月曜日に店を開けるのは正午だ。それまでの時間に、あれやこれやのガラクタを見えないところにかたづけ、犬好きのティミー・ハーパーのために『名犬ラッシー』の初版をメインにした誕生日のびっくりおもちゃ箱を用意するつもりでいたのに。

エロティックな創作を恥じるわけではないけれど、ちょうどいま店に入ってきた不機嫌そうな中年男性みたいな人たちとは、わたしの芸術観について話し合いたいとは思わない。このところ運が下向きなことを思うと、この人はたぶん、新しく町にやってきた牧師か、もっと悪いことにわたしのことなんてもう古い話題だということを知らないレポーターかもしれない。

 男がまばたきもせずにそのどんよりした茶色の目で作業台をみわたし、いただけないとばかりに白く細い線になるほど唇を引きむすんだところで、あわてていった。「すみません、まだ開店前なんです」

 男はひくくうなると、ペーパーバック本が入ったラックやスツールが三つ並んだソーダファウンテン、それにお菓子のガラスケースの横を通ってずかずかと一直線にわたしのほうにやってきた。一歩一歩踏みしめるような、何ものも彼を止めることはできないといわんばかりの歩き方だ。ファッジやトリュフ、その他おいしそうなお菓子が誘うようにディスプレイされているのには目もくれないというのは、まずい感じだ。チョコレートに目もくれないってどういうこと?

「店は閉まってるんです」もういちど言った。「十二時にまたいらしてください」だんだん怖くなってきた。

 男はわたしの言葉を無視して、カウンターのパネル扉を押しあけた。

 これは危険だと思ったわたしは声をとがらせた。「奥には入らないで」男のでっぷりした胴体ともったいぶった身のこなし、けわしい表情のせいで、性根の曲がったハンプティ・ダンプティにそっくりだ。

 わたしが必死でジーンズのポケットを探って携帯電話をさがすあいだにも(あいにくと断りもなしにサボったらしい)、ハンプティはどんどん進んできて、ついに作業台のすぐ向こうにまでやってきた。

 フォーマイカのテーブルに両手をついた男がすごんだ。「デヴロー・シンクレアか?」

 ほんの一瞬、男が前かがみになったときに、見覚えがあるような気がしたけど、知っている相手なら名前を聞いたりしないだろう。あるいは‥‥。やだ! 召喚状送達人なの? それなら前の職場のゴタゴタのあいだに、もう十分なくらいお目にかかっている。

 なんと答えようか決めかねているうちに、男はごつい顔をしかめてもう一度きいた。「デヴロー・シンクレアか?」

「はい」いったいこいつは何が目的なの? 動揺したのをさとられないように、競争の激しい投資コンサルタント業界にいたころに身につけた〈甘く見ないでよ〉というとっておきの表情をつくって聞きかえした。「どんなご用件でしょうか?」

「おれはウッズ刑事だ」

 なるほど、どうりで体に合わない安物の紺のスーツに、ぴかぴかに磨きあげた黒い靴をはいてるわけだ。「身分証を見せていただけますか?」この町の警察では刑事を雇っていないのはたしかだ。なんといっても、わたしは警察署長のことも警官たち全員のこともしっているのだから。ということは、この男はどこからきて、人口が四〇二八人のミズーリ州シャドウベンドでいったい何をしているのだろう?

 ウッズはジャケットの内ポケットに手を入れて使いふるした革のケースをとりだした。それを開いて、片側にカンザスシティ警察の身分証明書、もう一方に金のバッジがついているのを見せた。

 わたしは携帯電話をさがすのをやめた。カンザスシティは四十マイルも離れていて、朝のラッシュ時ならたっぷり一時間以上かかる。カンザスシティの警官がわざわざやってくるようなことを何かしたかしら?

 彼は淡々と言った。「ジョエル・エアーズに頼まれてギフトバスケットを作ったのはあんただな」

「そうですよ」バスケットにしろジョエルにしろ、いったいなぜ警官が興味をもつのか、その真意はなんなのかと考えをめぐらせながらゆっくりと答えた。「婚約者にあげるバレンタインデーのプレゼントでした。土曜の午後に受けとりにきました。シティでロマンティックな週末を過ごす予定だったそうですよ」カンザスシティには大人のおもちゃを禁止する倫理法みたいなものでもあったのだろうか。

「ミズ・エアーズのことはどのくらい知ってる?」

「たいして知りません」それはほんとうのことだ。少なくとも、厳密にいうならば。「注文するためにここへ来たときに初めて会いました」わざわざ付け足しはしなかったけど、シャドウベンドみたいな田舎社会では、ジョエルのような人について何も耳に入れずにいることは難しい。彼女は去年の夏にふらりとこの町にやってきて、クリスマスになるころには町でいちばん結婚相手にしたい独身男性をものにしていた。「彼女になにかあったんですか?」

 ウッズ刑事はわたしの質問を無視した。「だが、彼女の婚約者についてはずっとよく知ってるよな?」

「高校がいっしょでした」ノアになにかあったの? 彼にはずいぶんと昔にひどいあつかいをうけたけれど、それでも胃がしめつけられるのを感じた。「どうしてドクター・アンダーウッドのことをわたしなんかに聞くんですか? 彼とジョエルが事故にでもあったんですか?」

「ただのクラスメートだった誰かさんのことをずいぶん心配するんだな」ウッズ刑事はいまにものどを鳴らさんばかりに言った。「でも当時はそれ以上の関係だった。違うのか?」

「十代のころはつきあってました」わたしとノアとの関係についてどこで知ったのかはわざわざ聞くまでもない。過去にあったことが完全に許されたり忘れられたりすることがぜったいにない小さな町では、秘密なんてそうたくさんはないものだ。だれかが大喜びでノアとわたしのことをウッズ刑事に話したにちがいない。

「あんたの父親が」――ウッズは小さなノートに目をやった――「カーン・シンクレアというのが、刑務所入りするまでのことだな」ハンプティ・ダンプティに似た印象はうすれて、ウッズがあごを突きだすようすがオスのチャボみたいに見えてきた。「そのときにノア・アンダーウッドに捨てられたあんたは、おれが聞いたところじゃ、いままでずっと未練を引きずってるそうじゃないか」

「ばかばかしい」わたしはグリーンのスエットシャツのえり元をひっぱりながら、前の仕事を辞めてから救世軍に寄付してしまったパワースーツを着ていればよかったのに、とふいに思った。「真剣な交際なんてものをするにはふたりとも若すぎる、ってことがはっきりしたのはかなり前のことよ。その後は何人もの男性とおつきあいしたわ」その後のわたしの人生を変えてしまったあの日の苦しみを思い出したせいで手が震えるのをおさえようと、両手をにぎりしめた。父に過失致死と規制薬物所持の有罪判決が下ったあの日、母はわたしを置きざりにし、永遠の愛を誓ってくれた少年もわたしのもとを去っていったのだ。

「それでも、三十近くにもなって、まだ結婚はしていない」ウッズの表情は、祖母が飼っているシャム猫を思いださせた。わたしがかわいがっていたペットのアレチネズミを食べ終えたときのあの顔にそっくりだ。ウッズがせっついた。「ライバルのために大人のオモチャが入ったバスケットなんか作らされて、腹が立ったんじゃないのか」

 露骨ないいかたをすればわたしが困るだろうとでも思ったのなら、前の職場でわたしがどんな状況にさらされていたのかをまったく知らないのだろう。だとしても、とにかく逃げだしたいというか、できることなら消えてしまいたくなって、視線が裏口のほうにすいよせられた。だけど、一流大学でMBAを取得し、ガラスの天井のおかげで自分の立場が護られていると考えるような卑劣な男のもとで働いていたわたしが、この程度でへこたれるわけがない。

「だいたいね」なめるんじゃないわよ、という気持ちを声にこめて言った。「わたしが結婚してるかどうかなんてあなたに関係ないでしょう。それと、これがいったいどういうことなのか説明してもらうまでは、もう質問にはこたえません」

「なんならうちの警察署まで来てもらってもいいんだぜ」

「上等ね」ゲームをすすめるには核心に飛びこむのもひとつのやりかただ。「弁護士に電話してそっちで落ち合うことにするわ」むかしからいじめっ子は嫌いだけど、こいつにはほんとうに腹が立った。

 にらみあったまま数分がすぎてもわたしが黙ったままでいると、ウッズはあらっぽく息を吐いた。「土曜の夜、ジョエル・エアーズが死んでるのが見つかった」

 

 

デヴローのダイムストア・シリーズ第1作。

ミズーリ州の田舎町を舞台にしたコージーミステリ。デヴロー(デヴ)は投資コンサルタントを辞めて小さな雑貨店を経営している。元恋人ノアの婚約者がホテルで殺され、凶器がデヴの用意したバスケットに入っていたものだったため犯人と決めつけられるが、弁護士のブーンと警察署長の娘ポピーという親友二人の協力で真犯人さがしにのりだしていく。

現在4作目まで発売中。

 

Little Shop of Homicide: A Devereaux's Dime Store Mystery

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